http://d.hatena.ne.jp/KenAkamatsu/20101209/p1
え「前回、前々回に続きまして」
家「今回もJコミについてです」
え「やけに気にしてますねー」
家「いやだから、俺は電子書籍の会社で働いてるんだってばw 気になるよそりゃあ」
 
え「βテストの途中報告とか記者会見とかあって、色々情報が出てきましたが、なんか思ってたより壮大な構想っぽいですね?」
家「んー……大丈夫なんだろうか本当に」
え「家主さん的にどの辺が気になります?」
家「まあいろいろと……自分の生活保障から出版界全体のことまでいろいろとw」
 
家「まあ、今回はとりあえず、『Jコミの構想がうまくいったとして』というところから話をしたいと思うんだ」
え「そうですね。心配ばっかりしててもしょうがないですし」
家「Jコミ構想で気になるところとして『新刊じゃないから出版社も困らない』っていうのがあるんだ」
え「困らないでしょ? 絶版=もう刷らない=出版社にとって儲けゼロ、なんだから」
家「もし現状の出版界がうまくいってるんならそうなんだけど。みんな知っての通り、出版界はとっても不況で本が売れない状況です」
え「知ってますよ。返本率40%とか、それもう無理だろって感じですよね」
家「で、売れなくなった分をなんとか埋め合わせる方法はないのか? そうだ、電子書籍! ってことであちこちの会社がいろいろやってるわけですよ」
え「うんうん」
家「それがJコミが成功すると、この電子書籍市場から得られるはずだった利益がすべて作家本人に流れることになるので、出版社は一銭も儲からない」
え「そんなの自業自得じゃないですか。資本主義って奴ですよ」
家「まあそうなんだけどw なんにせよ、Jコミが成功する=出版界は現状のまま=たぶん出版社は近いうちに壊滅、となりかねないんだ」
え「だーかーらー、そんなの自業自得でしょ! マンガ家&読者の知ったことじゃないってば!」
家「でも、Jコミは『新刊は紙で出版社から出す』という構想なんだよ。出版社が潰れたら新作の供給が途絶えるぞ」
え「う。……いや、それなら新作もJコミから出せばいいんですよ」
家「さすがにそれはキツいって。仮に原稿料1万円で単行本一冊150ページだとしたら、制作費だけでも150万円かかるんだぞ。
 まあでも、PDF1ファイルを50ページくらいにして、広告を多めに入れればペイするかな?」
え「んー……それはちょっとビミョーですね」
家「大体『単行本がでなきゃマンガ家は赤字確定』っていうけど、仮に原稿料1万円・単行本150ページ 一冊500円・初版1万部だとしたら、マンガ家さんが手にするはずのお金は合計200万円。
 だけど単行本が出なくてもそのうち3/4にあたる150万円は連載の時点で支払われてるわけだから、編集部の鬼! って騒ぎすぎるのもどうかなあと思う」
え「新人さんはそんなに原稿料高くないでしょー?」
家「うんまあ、余談だからそんなにツッコむなよw
 ともかく、俺の意見としては、新作の供給を途絶えさせないためにも出版社に一定の支払いをするべきだと思う」
え「なんで!! 何もしてないじゃん、出版社!」
家「もちろん、何もしてなかったらお金はもらえないよw
 ここで出版社の仕事として出てくるのが、原稿データの提供ですよ。Jコミはユーザーパワーで原稿(というか単行本のスキャンデータ)を集める構想だけど、これにはどうしても疑問符がつく。
 一つはクオリティの心配だけど、もう一つは『誰がそれをチェックするのか?』という根本的問題」
え「Jコミの人でしょ?」
家「チェックしようと思ったら原本が必要だろう」
え「そうですね」
家「原本があるならユーザーに頼らなくたっていいだろう」
え「……そうですね。よく考えたら」
家「電子書籍の中の人として実体験を話させてもらうと、中身の取り間違えってわりとよくあります。
 コミックスだと思ってたら文庫版のデータだったとか。
『禁断のH&ラブ ぜんぶ見せますっ!!』だと思ったら『あぁん…体が欲しがる絶品H&ラブ ぜんぶ見せますっ!!』だったとか」
え「なんですかその本w」
家「笑うな、天下の講談社様だぞw 電子書籍用に読みきりをまとめたものなのかな?
 まあともかく、そこで出版社の持つデジタルアーカイブの出番ですよ。なにしろプロ仕様なんだからクオリティは問題ないし、単行本そのもののデータだから底本と照らし合わせてのチェックは必要ない。
 実際にはいろいろまずいものが入ってることもあるので、ノーチェックってわけにはいかないんだけど、その辺の作業も含めて出版社にやらせればいい」
え「まずいものって?」
家「作者の写真とか。古いマンガにはよくあるんだよ。特に少女マンガ家が女の子のスターだった時代の少女マンガ」
え「うーん……まあ、出版社がデータを出すなら、それ相応の代金を受け取る権利があると思いますけど……
 いくら取る気?」
家「んー、広告収入の3割」
え「ふざけんな!」
家「(笑) いや、普通の書籍の価格構成比だと印税10%版元粗利32%ってデータを見つけたから言ってみただけだが」
え「いくらなんでもボリすぎです。身の程を知れ!」
家「わかったわかった。まあ、普通の本だと原稿を出した作者の取り分が10%なんだし、この場合も原稿データを提供した出版社は10%の取り分、でいいんじゃね?
 それでやってけるかどうかは別問題だけど」
 
家「もう一つの懸念点。これはみんな思ってると思うけど、クリック保証型広告はやっぱりマズイんじゃね? ってこと」
え「えむはいっぱい応援クリックしましたよー。えへん」
家「やめろってばw それ、どう考えても広告主に迷惑だから」
え「でも、クリック保証型がいいって広告代理店に薦められたって赤松先生がブログに書いてますよ」
家「うん」
え「ほらほら、インプレッション型だと1DL 0.1円にしかならないって」
家「うんうん」
え「インプレッション型だとー、今の時点でラブひなのDL数が200万ぐらいだからー、20万円。
 ふざけんな!」
家「(笑) お前ちょっとカルシウム取れよ。ほらちりめんじゃこ」
え「もぐもぐ。……ともかく、ありえないでしょこの金額じゃ。家主さんだって書いてたじゃないですか、作家が100万円ぐらい手にしないことには納得できないって」
家「うん。でも、実際にPDFを見て考えが変わったというか。
 そもそも、クリック保証型っていうのは『何年かかってもいいから確実に、広告に興味のあるお客を○○人集めたい』っていう広告なんだよ。
 今回のテストで、Jコミはクリック率が高いっていう結果が出たらしいけど、クリック保証型だとそれは必ずしもいいことじゃないのね。興味がない人までクリックしてる可能性が高いから。
 まして広告期間が終了した後もPDFは世間に出回るわけで、『広告に興味はないけど応援クリック!』ってのが永遠に続くとすると、それは企業からしたら迷惑そのものだろう。直帰率が増えるだけだし」
え「がーん。えむの熱烈なファンコールが……」
家「それに対してインプレッション型は、『誰でもいいからとりあえずクリックしてくれよ!』っていう広告なの。
 こちらではクリック率は高ければ高いほどいいし、広告期間の終了後にPDFが出回っても問題ない。多分だけど」
え「だけど安い。でしょ?」
家「うん。でね、よく考えたんだけど、この『クリック保証型 1クリック30円 インプレッション型 1DL 0.1円』っていうのは、バナー広告の値段設定なんだよ。これも多分だけど」
え「多分ばっかりw」
家「うるさい、俺も広告の中の人じゃないから詳しくは知らんw でも前に会社でバナー広告出したとき、そんな価格提示だったと思う。
 それでだよ。今回のJコミ構想に、バナー広告と同じ価格設定をするのが間違ってるんじゃないか? と思ったのだよ。
 かたやウェブサイトの上とか下とか右上とかに、300×250pxとか728×90pxの広告。
 一方Jコミは1170×827px。
 面積比でいうと、Jコミはバナー広告の12倍〜14倍の大きさなんだよ。だったら単純に、インプレッション型でも1DL1.2〜1.4円取っていいんじゃね?」
え「なるほど、それならえーと、71万〜83万DLで100万円になりますね!
 ……それでも結構大変な数字ですけど」
家「うんまあw でも、不可能な数字じゃないだろう。ネットの世界で70万〜80万DLってのは。
 素人の俺のサイトだってなんだかんだで30万hitまで来たし」
え「何年かかりました?」
家「10年くらい。うるさいな! ともかくクリック保証型だと広告主が全然winじゃないので、インプレッション型で価格を高めに設定する、というのを提案したいのです」
 
え「でもー、全体の雰囲気として、家主さんはJコミに否定的ですよね?」
家「うん。だって俺が仕事を失うからw」
え「(笑)」
家「まあ、そういう私情を抜きにするとしても。
 Jコミがうまくいったとすると、ほぼ間違いなく起こる現象は本の価格上昇なんだよね」
え「うーん、買わずに待てばそのうちタダで読めるんだから、買い控えは起こりますよね」
家「うん。要は今のアニメ業界と同じで、一般人は無料のPDFを、マニアは高額な紙の本を、っていう構造になると思う。
 あるいは本にいっぱいおまけを付けて付加価値を上げる。これはもう既に始まってるけどね。
 本好きとしてはやっぱり、本当にそれでいいのかー? って思っちゃうわけですよ」
え「そうですねー。紙の本が大衆のものじゃなくなるのは辛いですね」
家「もう一つ。Jコミがやろうとしてるのは結局、マンガ1冊の価値を極限まで下げることなのよ」
え「なにしろタダですからね」
家「そうすると、マンガは完全に読み捨てられるだけの存在になっちゃうんじゃないか……っていう懸念がかなりある。
 ネットの世界って、データとしては確かに永遠に残るんだけど、コンテンツとしては間違いなく消費されるでしょ。それもものすごい勢いで。
 かつて一世を風靡したあのサイトやらあの動画やら、今では省みられることもなく」
え「先行者とか」
家「よりによってそれを出さなくてもw
 紙の世界だと、時々過去を振り返るような企画が持ち上がって、かつての名作とか隠れた傑作とか再度スポットライトが当たることがあるんだけど、ネットだとあんまりないんだよ。
 もっともこれは、ネットの歴史が浅すぎるせいかもしれないけど」
 
え「んー。心配は分かるんですけど。
 でもですね、マンガがこれほどの一大産業になったのは、他の娯楽にない優位性があったからだと思うんですよ、えむは」
家「優位性?」
え「それはモバイルってことです。かつてモバイルで楽しめる娯楽は、マンガだけだったんですよ。
 それが今ではゲームも電話もTVも、みーんなモバイルになっちゃった。そりゃシェアを失うのも当然ですよ」
家「そうだねえ」
え「すべての娯楽がモバイルで楽しめる時代に、マンガ、というか書籍がどうやって生き残ればいいのか? っていう話ですよ。
 Jコミが正解かどうかはまだわからないですけど、コンテンツ価格を0円にするというのは、確かに一つの回答だと思います。
 そこまでしてようやく、モバゲーとかワンセグとかと同じ土俵に立てるんですよ。そう、戦いはまだ始まったばかりなんですよ!」
家「なんで打ち切りマンガ的なオチなんだw」